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札幌高等裁判所 昭和24年(わ)8号 判決

上告人 被告人 白浜常吉

弁護人 百瀬武利

檢察官 加藤成正関與

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人百瀬武利上告趣意第一点 本件に付公訴を提起したのは副檢事である副檢事制度中起訴権を副檢事に附與した部分の法律は憲法に違反し無効であると信ずる国民を濫訴等の攻撃から防衛することは憲法の精神であると確信する高度に国民の権利を保証し国民に義務を負わせた憲法第十一條乃至四十條に照して斯の如く信ずるものである実例を引用する迄もなく副檢事に起訴権を與えると濫訴等の弊害に陷ることは免れることの出来ない運命であるそれは恰も人にとつて死は免れ難い運命であると同じである副檢事任用の基礎に関する檢察庁法第十八條第二項乃至第四項等に鑑みると其の因つて來るところが首肯されると思う副檢事は起訴権を有しないものと信ずる次第である故に裁判所は副檢事の提起した本件公訴に付ては憲法違反の理由により其の公訴提起を無効として之を棄却しなければならないものと信ずるにも不拘裁判所が本件公訴を受理したのは違法であると確信するので原判決を破棄し本件公訴を棄却すとの御裁判を仰ぎ度し、というにある。

刑事訴訟において公訴権を行う檢察官の任命資格を高い標準に置くことは国民の基本的人権の擁護という見地からも極めて望ましいことに相違なく、この点からいつて公訴権を檢察庁法第十八條第一項に定める二級檢事以上の檢察官に行わせることは、もとより国民一般の要望するところと考えられる。しかし、右のような優秀の檢察官のみを任用することは国家財政及び要員充足の関係から到底実現しがたいところであり、ここに、次善の策として同條第二項に定める副檢事を任用し、檢察官として、比較的軽徴な犯罪について公訴権を行わしめることとしたのは、理想はともかく、現実の問題としてやむを得ない制度といわなければならない。すなわち同條項によると副檢事は高等試驗に合格した者又は三年以上政令で定める二級官吏その他の公務員の職に在つた者(檢察庁法施行令第二條にその職名を列記する。)で副檢事選考委員会の選考を経た者の中からもこれを任命することができるものとしたのでありこの副檢事は区檢察庁の檢察官の職のみにこれを補職し原則として、その区檢察廳の対応する簡易裁判所の管轄に属する事項について、檢察官として公訴権の行使その他檢察官としての職務を行わしめるものである。なお檢察庁法施行令第二條に定める任用資格を見ても一般国民の中比較的檢察の職務を行うに適当な者を掲げてあるのであつて、かようの制度の下に任命される副檢事に公訴を行わせることは、決して国民の基本的人権を確立した憲法第三章の諸規定に違反するものでない。論旨は余りに高い理想を追うて現実の制度を否定しようとするものであつて、採用の限ではない。

同第二点 被告人は犯時泥醉していたので心神喪失の状態にあつたものと信ずる仮に原判決証拠説明中に引用してある証人三浦良春の「其の男(被告人を指す)は物事が判らない程醉つて居なかつた」旨の供述に拠るとすれば被告人は犯時心神耗弱の状態にあつたものと信ずる故に仮に原審の本件に関する有罪認定を正当だとしても原審は本件に付ては刑法第三十九條第一項又は第二項を適用して被告人を免訴するか又は被告人に対して減刑しなければならないものと確信するにも不拘原審は右刑法第三十九條の適用を脱落したのであるから原判決は破棄さるべきものと信ずる、というにあるけれども、

原判決は、被告人は昭和二十三年八月二十一日函館市若松町百十三番地斎藤倉庫事務室で事務員斎藤正所有の紺オーバー一着及びするめ、刻みするめ等在中の風呂敷包一個を窃取した事実を認定したのであつてその当時被告人が心神喪失又は心神耗弱の状態にあつたことは原判決の認定しなかつたところであるから、原判決が右事実について刑法第三十九條第一項又は第二項を適用しなかつたのは当然であつて、論旨は理由がない。

同第三点 原審は公判廷において被告人の身体を拘束して審理している本件に関する第二回公判調書を調べると身体の拘束に関する部分については「被告人は公判廷で身体の拘束を認めない。」と記載されている右の記載は文意不明確であるが裁判官が身体拘束に関する被告人の異議を「認めない」で却下したとも読み得られ單なる誤記ではない故に被告人は公判廷で身体の拘束を受けたまま審理されたものと断ぜざるを得ない次第である仍つて原判決を破棄相成度し、というにある。

論旨に掲記した通りの記載が原審第二回公判調書に存することは弁護人のいう通りであり、措辞やや明確を欠くけれども、右の記載は被告人が公判廷で身体の拘束を受けていることを認めないという趣旨に解するのが妥当であるから、右の記載によつて被告人が原審公判廷で身体の拘束を受けたものと主張する論旨は到底その理由がない。

同第四点 原審は審判の公開に関する規定に違反して本件を審理している原審の第一第二第三回公判調書中公開か否かの部分を調べて見ると單に「公判を開廷した」旨を記載してあるに過ぎない秘密公判で審理したものであるか公開法廷で審理したものか不明であるから原審は本件につき審判の公開に関する規定に違反したものと断ぜざるを得ない仍つて原判決を破棄し相当裁判仰度し、というにあるけれども、

公判というのは公開の審判を指称し「公判を開廷した」というのは、法廷で審判を公開したことを意味することは疑ないところであるから秘密公判などという矛盾観念を想定して原裁判所が審判を公開しなかつたものと主張する論旨の理由がないことは明白である。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

よつて本件上告は理由がないので、刑事訴訟法施行法第二條、旧刑事訴訟法第四百四十六條を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 藤田和夫 裁判官 田利清 裁判官 佐藤昌彦)

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